2024年4月 さよなら私のハーレーダビッドソン

闘病記【退院後の生活】

筋トレを始める

3月に入り、関節痛が治まり、体調が良い日が続いていた。倦怠感はなく、わんこを連れて散歩に行くことができるようになった。なんなら小走りだってできる。

口内炎は相変わらずだが、それ以外はまったく問題なしだ。

外も暖かい日が続いている。

私は新年度から何かを始めようと前向きな気持ちになった。

仕事はもう少し後だ。

勉強には興味がない。

敢えて趣味を見つけるのも違う気がした。

いや、待てよ。

そうだ、私にはバイク、登山、そしてキャンプという立派な趣味があるではないか。

私は、はたと思い出した。

病気になってから当然ながらバイクには一度も乗っていない。登山なんて夢のまた夢。キャンプはできなくもないが、感染のことを考えると二の足を踏む。

もう一度バイクに乗って風を切るために、もう一度山頂からの景色を楽しむために何が必要か。答えは簡単だ。病気になり、あっさりと落ちてしまった筋力と体力。それが戻ればまた趣味を楽しめるではないか。

散歩だけでは足りない。もう少し負荷をかけないと。

「よし、4月から筋トレを始めよう。」

3月の最後の週末にそう決めた。

そして4月に入った。

私は町立体育館に行くことにした。理由はひとつ。とってもお得だからだ。町民であれば1回150円、さらに1か月の定期にすると1,000円という破格な値段設定。医療費が毎月8万円近くかかる私にとって普通のジムに行く余裕はない。

果たして、体育館のトレーニングルームはいかなるものか。

はっきり言って期待はしていなかった。以前別の自治体の体育館を利用したことがあるが、器具がかなり残念な感じで、1回きりになってしまった。

ところがいい意味で予想を裏切ってくれた。

そこいらのジムより設備が整っていたのだ。ダンベルも豊富だし、スミスマシンまである。かなり本格的なトレーニングができる。

ちょっとテンションが上がった。

久しぶりの筋トレ。無理のない範囲で1時間程度身体を動かした。

そして筋トレの後、時間をかけてストレッチをした。固まった筋肉や筋を丁寧に伸ばす。とても気持ちが良かった。

この日はお試しのつもりで1回150円で利用したのだが、満足感が半端なく、やる気も増したので、翌日には1か月の定期を購入した。

さらにスマホに「KINNIK」というアプリをダウンロードし、筋トレの記録をつけることにした。可視化したくなったのだ。

KINNIK: workout tracker - Apps on Google Play
KINNIK is the workout tracker app for recording your gym and home workout.

そして目標も設定した。

2か月後の6月には、まず250㏄のバイク、「Ninja250」に乗る。

9月にハーレーダビッドソンに乗る。

来年の4月には登山に挑戦する。

ざっとこんな感じだ。

順調な滑り出しだった。

さよなら私のハーレー

私のハーレーダビッドソンは友人に預かってもらっている。病気になってから一度もお目にかかっていない。

2か月前にそのハーレーを売りに出すことに決めた。

理由はふたつ。

ひとつは毎月の医療費。とにかく高価な抗がん剤を少なくとも向こう2年は飲み続けなければならない。フルタイムで働けるのかもわからないなかで毎月8万近く払わないといけないのだ。貯金を切り崩してもいいのだが、できれば避けたいと思った。

もう一つの理由は関節痛や筋肉痛がひどく、そもそもバイクに乗ることができないと思った。

さっそく友人にそのことを話し、出品を手伝ってもらった。

そうしたらすぐに買い手がついた。

だが、その人の資金繰りがうまくいかず、結局ご破算となった。その時は意気消沈したのだが、その後体調が右肩上がりに良くなったため、これはそのうちハーレーに乗れるようになるのではないかと思うようになった。

とはいえ希望的観測だ。再度出品しなおして様子を見ていた。

その後1か月ほど問い合わせもなく、売れる気配がなかった。次第にこのまま売れなくてもよいか。むしろ売れない方がいいのではないか。そしてハーレーに乗ることを目標に筋トレを頑張ったほうがいいのではないかと心が揺れ始めた。

そして私は9月にハーレーに乗るという目標を決めた。筋トレを始めて4日目のことだ。

が、それは突然やってきた。

目標を決めたまさにその晩、コメントが付いた。

ハーレーを買いたいという人が現れたのだ。

そしてあれよあれよという間に話が進み、次の日の夜、その人は遠方から新幹線に乗ってやってきた。購入前提だ。

バイクが売れればまとまったお金が手に入ると皮算用する自分と、目標を決めたこのタイミングで買い手が現れてしまったと落胆する自分。とても複雑な気持ちになった。もちろん、完全に自分で乗ろうという気があれば出品をすぐにでも取り下げていたはずだ。それをしなかったのは、やはり迷いがあった。

そしてこのタイミングなのだ。

私は流れに任せることをためらわなかった。

その人が現れたのは運命なのだ。

最寄りの駅でその人を拾い、バイクのある所まで一緒に行った。とても誠実で信用できそうな人だった。この人に乗ってもらえるならいいじゃないかと私は自分に言い聞かせた。

彼は現車確認して、現金一括払いをしてくれた。まるで野菜でも買うかのような感じで、何の迷いもなく。そういえば私なんて現車確認もせず、写真だけで即決したのだから似たり寄ったりか。これだ、と思ったバイクがあると迷いなど1㎜もない。彼が遠方からその日のうちにこんな片田舎にやってきたように。

彼は持参したヘルメットやバイク用の服をおもむろにカバンから取り出し準備を始めた。時間はすでに夜の9時を回っていた。そんな時間から高速道路を使って5時間かけて帰るという。なんという行動力。

久しぶりに見る自分のバイク、久しぶりに聞くエンジン音。名残惜しくないといえばさすがに噓になるが、思ったより感傷的にならなかったのもまた事実。

エンジンをかけると彼はすぐに出発をした。そしてあっという間にバイクは視界から消え、間もなくそのエンジン音も聞こえなくなった。

あっけない別れだ。

しまった。最後に写真を撮るのを忘れた。

さて、昨日決めた目標を少々変更しないとな。

私は「9月にハーレーに乗る」というのを消し、「近所の山に登る」に変えた。300メートル程度の低山だが、観光スポットにもなっており、景色は良い。リハビリにはちょうどいいのだ。

私が初めて買ったハーレーダビッドソンはこうして次のオーナーへ渡った。

さよなら、私のハーレーダビッドソン。

2022年10月、これがハーレーでの最後のツーリングとなった。

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