脱毛は人それぞれ。すぐにウィッグを買う必要はない。
抗がん剤治療と聞いて最初に思いついた副作用が脱毛だった。
「いつから抜け始めるのか、ウィッグは要るのか」
私は脱毛が始まる前から気になり、インターネットでいろいろ調べた。抗がん剤の種類によって抜けやすい抜けにくいがあるらしい。今回使用されたキロサイドの脱毛発現率は56.1%と書いてあった。
脱毛といっても綺麗さっぱり抜け落ちる場合もあれば多少薄くなる程度の場合もある。個人差もある。いずれにしても、病棟の患者の大半が帽子をかぶっているのを見ると、程度の差はあれ脱毛は避けられないと思われた。
前回の入院で親しくなったおじさん達から脱毛について話を聞く機会があった。お二人とも脱毛を経験済みだ。失礼ながら、年齢的に自然に抜けたのか、抗がん剤の影響なのか区別はつかない。これが若かったり女性であれば、がん患者だな、と思われるのだろう。
脱毛は何も頭髪に限ったことではない。おじさんは全身の毛が抜けたという。鼻毛も抜けたと聞いた時は驚いた。確かに、鼻毛も毛だ。
抗がん剤が投与されてすぐに脱毛が始まるわけではない。医師によると、投与後、3週間くらいすると抜け始めるという。
もしかしたら脱毛しないかもしれない。帽子やウィッグは脱毛してから考えよう。
という結論に達した。
キロサイドの投与は4日間。その後、1週間で白血球の数値が底をつき、徐々に回復していった。回復時には腰痛と発熱が続いた。腰痛はぎっくり腰をやった時のようなシャープな痛みではない。鈍く、なんともいえない痛みが続くのだ。すごく痛いわけでもないのに眠れない。その鈍痛のせいか、足の先がむずむずし、じっとしている事が苦痛だ。発熱にも悩まされた。朝は平熱なのに、夕方になると急に寒気に襲われ、40度を超える。結局熱は6日間続き治まった。キロサイド投与からちょうど2週間経った日だった。
ついに脱毛が始まる。
抗がん剤の投与が終わって2週間経つたがまだ脱毛は始まらない。明日から3週目に入る。
抜け始めるとしたらそろそろだ。
次の日の朝、目が覚めてまず枕を確認した。毛が抜けている様子はない。シャワーを浴びている時も特に抜け毛が気になるということはなかった。
そしてその翌日。
それは突然やってきた。始まったのである。脱毛が。
こんなにも突然始まるものなんだ。興味深い。
いったん抜け始めるとおもしろいくらい抜けた。シャワーを浴びているときが一番顕著だ。髪を洗うと束になって抜ける。おもしろくて必要以上に手ぐしをした。
髪の毛は1日に100本から200本程度自然に抜ける、というのを昔どこかで聞いた記憶がある。結構な量だと思ったが、その比ではない。この1回のシャワーで少なくとも数百本は抜けている。その後ドライヤーをしてまた大量の髪の毛が抜け落ちた。横になって起き上がれば真っ白な枕カバーは髪の毛で真っ黒だ。コロコロが手放せない。
鏡を見る回数が増えた。
脱毛はそれから1週間ほど続いた。自分では髪が薄くなったと思ったが、どうやら他人から見ると分からない程度らしい。思っている以上に髪の毛の本数は多いということか。
そして1週間もすると、今度は脱毛がぴたりと止まった。始まるのも急だったが、終わるのも急だ。こうやって徐々に毛が薄くなっていくのだろうか。
次の抗がん剤は果たして抜けやすい種類なのだろうか。退院前に医師に聞いてみた。
「たぶん抜けると思います。」
というのが回答だった。
帽子を買っておこうかな。
1クール目の入院がそろそろ終わるという頃、私は医療用の帽子を購入した。
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