どうせ脱毛するなら坊主頭を楽しもう
抗がん剤の副作用でぱっと思い浮かぶものは何だろう。私は吐き気と脱毛だった。
ありがたいことに2クールとも吐き気はなかった。抗がん剤の前に必ず制吐剤が投与されるのだが、おそらくその薬が効いたのだろう。看護師から、制吐剤が進歩し、最近は吐き気や嘔吐などの副作用が出ることが少なくなったと聞いた。
ただし、同室の患者の中には、毎日吐き気と嘔吐を繰り返す人がいたのも事実だ。白血病ではなかったため、使用する抗がん剤の種類も量もおそらく違う。体質もあるのかもしれない。とりあえず言えるのは、私は大丈夫だった、ということだ。
脱毛は1クール目に起こった。抗がん剤を投与してすぐに髪が抜け始めるわけではない。私の場合は3週間が経ったある日、突然抜け出した。シャワーの時が一番ひどい。手櫛をすると何十本もの髪の毛がいっきに抜ける。ちょっとしたホラーだ。面白いくらい抜けていたが、1週間もするとピタッと止まった。
「そんなに変わってないと思うよ。」
医療用の帽子を被っていた私に彼氏さんがそう言った。ずいぶん薄くなったような気がしていたが、はたから見るとそうでもないらしい。
2クール目に入る前に医師から次は抜けると思うと言われた。だが、全く脱毛しなかった。
「先生、今毛が抜けていないということは、今回はもう脱毛しないということでしょうか。」
抗がん剤が投与されて3週間が過ぎようとしていたが、脱毛する気配がなかったため医師に聞いてみた。
すると医師は首をかしげながら、
「強いんでしょうかね。いずれにしても骨髄移植をした後は必ず抜けますから。」
と言った。何が強いのだろうか。頭皮か髪か。副作用はかなり個人差がある。私の場合、メトトレキサートでは抜けなかったというだけのことだ。
それはそうと、骨髄移植をしたら必ず抜けると言っていたな。
私は医師の言葉を反芻し、ある思いを巡らせた。
いっそ坊主にしてはどうか・・・
骨髄移植は夏ごろの予定だ。脱毛する前なら念願の坊主頭を楽しめる。毛が薄くなったら、いや、もしかして全部抜け落ちてツルツルになってしまったら、私が求めるお洒落な坊主頭ではなくなる。
20代のころ、どうしても坊主にしたくなった時期があった。だが、その時付き合っていた彼氏に「坊主にしたら別れる。」と反対されたのだ。私は泣く泣く断念した。それが、まさかこの歳になって挑戦できるとは。
人生初の坊主頭に大満足
そういうわけで、私は今回の退院中に美容院を予約していた。前日からピンタレストで坊主頭を検索し、準備万端でお店に入った。
「坊主にしてください。」
「え、冗談じゃなくて?!」
長年担当してくれている美容師は私が冗談を言っていると思ったようだ。笑いながら、でも半分はびっくりした様子で聞いてきた。
「本気ですよ。病気の関係で。」
「そういうことですか。以前にもそういう方みえましたよ。」
美容師は事情を察してくれたようだ。
坊主頭完成までに1時間かかった。最初はハサミで短くしていき、サイドは長さを微妙に変えながらバリカンで刈っていく。せっかくなのでとサイドに1本ラインも入れてくれた。
できあがりは想像以上に納得のいくものだった。自分で言うのもなんだが、何の違和感もないくらい似合っていた。ずっとショートヘアでツーブロックにしていたからかもしれない。
治療は辛いことが多い。楽しみは仮退院中に美味しい物を食べることぐらいだ。この坊主頭はそれと同じくらいテンションが上がる。早く家に帰って彼氏さんに見せたい。ワクワクが止まらない。
さて、彼氏さんの反応は如何に。
「全く違和感ないよ。似合ってる。」
予想通り好評だった。
関節痛がひどく外出するのはおっくうだったが、坊主にしてから気持ちが明るくなった。みんなに見せびらかしたいと思った。
外来受診では、普段まじめな先生が私の頭を見るなり、「おぉっ、髪切ったんですね、似合いますね。」と言ってくれた。
これくらいの楽しみがあってもいいよね。
とかく暗くなりがちな闘病生活。髪型を変えただけだけど、しばらくは気分よく過ごせそうだ。
3クール目もがんばるぞ!
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