経過は順調
一番楽だと言われた3クール目の抗がん剤治療。
確かに楽だ。
副作用らしきものは何もない。いつもは退院ぎりぎりまでやっている点滴も早々に終了し、移動も楽ちんだ。
日中は運動したり読書をしたりと、これまでの入院と比べると元気に過ごせている。食欲も十分にある。病気になってから飲みたくなくなったコーヒーも飲めるようになった。午後はコーヒータイム。差し入れしてもらったデザートと一緒にコーヒーを飲むのが日課になった。
抗がん剤投与から1週間後の白血球の値は6,800と基準値内だった。まだ血球の値が下がってこない。
なるべく早く退院したいのだ。ちゃっちゃと底をついて、回復してもらわないと困る。
そしてそれから3日後、白血球は1,860まで減少していた。「よし!」と私は心の中でガッツポーズをした。
「網赤血球が1.73%と高いので、今後血球の値は回復していくでしょう。」
とのこと。血球が回復していくということは、つまり退院できるということだ。
そう思っていると医師から退院の話が出た。
「発熱などがなければ今週退院できると思います。」
この瞬間は毎回心躍るような気持ちになる。入院2週目で退院の話が出ることも初めてだったため、余計に嬉しかった。このままいけば満開の桜を見ることができる。
絶対熱を出したくない。
こればかりは自分でコントロールできない。感染による発熱なら予防のしようもあるが、白血球が回復する過程での発熱はどうにもならない。強い気持ちがあっても発熱するときはする。
私はただ祈るような気持ちで退院までの日々を過ごした。
※血液検査の結果※
| 入院時 | 投与 7日後 | 投与 10日後 | 投与12日後 (退院前日) | 基準値 |
白血球 | 4,130 | 6,800 | 1,860 | 1,840 | 3,300~8,600 |
赤血球 | 329万 | 269万 | 292万 | 285万 | 386万~492万 |
血小板 | 22万1,000 | 10万7,000 | 8万9,000 | 7万7,000 | 15万8,000~34万8,000 |
網赤血球 | 1.6% | 0.14% | 1.73% | 2.57% | 0.3%~1.1% |
AST | 19 | 10 | 12 | 12 | 13~30 |
ALT | 21 | 14 | 21 | 16 | 7~23 |
LD | 192 | 159 | 139 | 130 | 124~222 |
尿素窒素 | 10.1 | 18.0 | 12.5 | 10.5 | 8~20 |
血清クレアチニン | 0.87 | 0.65 | 0.70 | 0.75 | 0.46~0.79 |
ドナーが決まる
2クール目の入院中に骨盤バンクに登録し、その後1か月くらいは何の音沙汰もなかった。それが3月の中旬ごろから自宅に請求書が届くようになった。
「差出人がわからない郵便が届いたよ。」
彼氏さんから連絡が来た。聞けば、封筒の下の方に住所だけが印字されているという。思い当たるのは骨髄バンクだ。
封を開けて中身を確認してもらった。
「請求書みたい。8,000円だって。」
骨髄バンクからだった。バンクの説明を受けた時にもらった資料を見返すと、ドナースクリーニング検査料5,000円、ドナー確認検査手数料3,000円で、請求書は二つ同時に送付されます、となっていた。
ある程度ドナーが絞られてきたということか。
急に全身に緊張が走った。
このまま順調にドナーが決まりますように。
ドナーが見つかるかどうか自信がなかった。運悪く白血病になった。しかも運悪く難治性のフィラデルフィア染色体陽性の白血病だ。これまで悪運に強いと思っていたが、全くそうではないとわかり、すっかり自信を失っていた。
ドナーが見つかってほしいという期待と見つからないかもしれないという不安。
どうしたものか・・・
進捗状況を医師に聞きたかったが、それはそれで怖かった。もしかしたら良くない情報を握っているかもしれない。そんなことを聞いたらショックで立ち直れないのではないか。いずれわかることだ。でもそれを知るのは今じゃなくてもいいんじゃないか。
考えれば考えるほど気持ちは後ろ向きになる。
数日後、同じ封筒が届いた。そして翌日にまた1通。結局3月中に6通届いた。中身はいずれも請求書で、金額は8,000円だ。ドナー候補が6人いるということになる。
退院まであと数日というときに、主治医とは違う医師が病室にやってきた。
「たぶんですが、私が担当を引き継ぐと思いますのでよろしくお願いします。」
そうだ、これも私の懸念事項だった。異動により来月から主治医が変わることは入院前に聞かされていた。そろそろ月末だというのに次の主治医が誰になるか聞かされていなかったのだ。
来月から担当になるというその医師はベテランで患者からの信頼も厚い。骨髄移植も控えているのだ。やはり安心して任せられる医師にお願いしたい。
やっと運が回ってきたか。
「よろしくお願いします。」
続けて医師が言う。
「ドナーの件ですが、ほぼ1人に絞られてきました。フルマッチで、男性の方です。」
「え?!そうなんですか!」
さらっと重大なことが告げられ、驚きを隠せない私。そう!それが知りたかったんです!
「5月下旬頃で調整しています。」
もうそんな具体的な話になっているんですか?!
まだまだ先だと思っていた移植が急に現実味を帯びてきた。私ははやる気持ちを必死に抑えながら医師との会話を続けた。
1人に絞ったとはいえ、まだ手放しでは喜べない。聞くところによると、家族の反対や仕事の都合で最終的に同意が得られなかったり、直前になって気持ちが変わったり、事故にあったなんて例もあるようだ。
それでも靄がかかった状態を脱し、その先の道が見えてきたことは大きな前進だった。
来年も桜が見られるかもしれない。
あまり先のことは考えないようにしていたが、それでもやはり、自分に未来があることを期待せずにはいられない。
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