日に日に食べられなくなる
食欲がないとはいえ、退院して1週間くらいは、朝はパンを、昼はうどんやパスタなどを食べていた。夜は椅子に座りながらなんとか夕飯の支度をし、彼と同じメニューを少量でも口にすることができた。
買い物も両親や彼氏に運転をお願いし、カートを頼りに店内を1周歩くこともできていた。
退院して1週間後の受診では、まだ退院して間もないのだからそんなもんですよ、と言われ、少しずつ良くなっていくことを期待した。
それなのに、どうだろう。倦怠感は日に日に増し、食欲は減少の一途をたどっている。
美味しいと感じていたパンが食べづらくなり、最終的には食べられなくなった。結果、朝ごはんはパウチゼリーなど飲み込みやすいものだけになった。
昼ご飯は私一人だ。しんどい身体に鞭を打って作る必要はない。レトルトで済ませようと思うのだが、レンチンするだけで身体に負担がかかるようになり、昼もゼリーや野菜ジュースだけという日が多くなった。
疲れて帰ってくる彼に悪いと思い、なんとか夕飯を作っていたが、最近はそれも難しくなり、彼は帰宅途中にコンビニやスーパーでお弁当を買って食べている。私は総菜もお弁当も食べられないので、彼にレトルトのお粥を温めてもらい、その時だけベッドから椅子に移動して食べる。できればお粥も食べたくないが、食べないと体力も戻らないと思い、苦痛を感じながら無理やり飲み込んでいる。
食べられないのは辛い。だがそれ以上に辛いのは、彼と同じ時間を共有しているのに、別々の物を食べなければいけないことだ。
せっかく退院できて、やっと2人で楽しい生活が送れると思っていたのに、まったく真逆ではないか。生き地獄だ。
先生が言うように、今を乗り越えれば、食欲が戻って元気になっていくのだろうか。
とてもそうは思えない。
急性GVHDというやつではないか。胃がやられているのかもしれない。食べると胃の下の方が痛くなることもあり、これは何かあるのではないかと疑うようになった。
次の受診は祝日の関係で2週間後だ。その間何かあればいつでも受診してくださいと言われているのだが、そこまで緊急性が高いかといえばそうでもない。ただ、食べられなくて倦怠感があるだけだ。前回の受診で血液検査の結果も異常はなかった。受診したところで何かが変わるとは思えなかった。
結局、2週間を何とか耐え、受診日を迎えた。
再入院がちらつく
2週間ぶりの病院。いつも通り、患者でごった返していた。
入口の機械で受付を済ますと、そのまま長い廊下をひたすら歩き、血液検査のカウンターへ行く。診察の前にまず血液検査と尿検査をすることになっている。
玄関で車を降り、そこから血液検査の受付まで歩くのはかなり辛い。たどり着いた頃には余力はほとんど残っておらず、尿検査のための採尿コップを渡されてもすぐにはトイレに行けない。いったんソファに座り息を整える。楽になったらトイレに行こうと思うのだが、楽になることはない。いつまで経ってもトイレに行けるだけの体力は戻らない。しょうがなく鉛のように重い身体を気力を振り絞って立ち上がらせ、採尿を済ませる。
血液検査はいつも混んでいて、大体1時間は待たされる。そしてそれが終わると内科の待合室に移動するのだが、そこでも1時間は番号を呼ばれることはない。それだけ長いと座っているだけでもしんどくなり、徐々に身体が傾いてくる。
他の患者は普通に歩き、普通にソファに座っているように見える。こんなに状態が悪いのは私だけなのか。もはや外来の対象ではないのではないだろうか。通院に耐えられないのだ。
待ちに待たされ、やっと番号が呼ばれた。
緊張した面持ちで診察に入る。なにか異常がみつかったのではないだろうか。こんなにしんどいのだから。
「特に問題はなさそうですね。体調はどうですか。」
医師は血液検査の結果をモニターに表示させ、異常がないことを説明した後、体調を聞いてきた。
「食べられなくて、動くとすぐに疲れます。」
神妙な面持ちで答えた。
「明らかなGVHDというのは見受けられないんですよね。今後良くなっていくか、悪くなっていくか、人それぞれで。」
今分岐点にいるということか。果たして私はどっちなのだろうと思う。
続けて医師は「入院するという手もありますが。」とさらっと言った。
入院!?
もう二度と聞きたくないと思っていた言葉。
食べられないのは辛いけど、入院はもっと辛い。やっとの思いで退院してからまだ3週間しか経っていない。
再入院する人は案外多い。それは看護師から聞いて知っていた。だが、自分は大丈夫だと勝手に思っていた。
医師は入院という選択肢もあると言っただけで、それ以上突っ込んだ話には発展しなかった。例えば、入院したいかどうか私に聞いてはこなかったのだ。
そこまで深刻ではないのだろうか。
「まだ若いから大丈夫でしょう。」
と医師は結構呑気なことを言う。アラフィフはまだ若いうちに入るようだ。確かに他の患者を見ていると、そのほとんどが高齢者だ。相対的に私はまだ若いということか。
結局何か薬が追加されることもなく、1週間後に予約を入れて診察室を後にした。
会計を待っている間も入院の二文字が頭にちらついた。
このまま食べられず、動けなかったら本当に再入院を考えないといけない。自宅にいても何一つ家事ができず、忙しい彼氏さんに任せっきり。はっきり言って足手まといだ。いっそのこと入院したほうがお互いのためではないかと思う。
あともう少し様子を見てみよう。そして良くならなければ入院しよう。
家に帰るころにはそんな気持ちになっていた。
彼氏さんにもそのことは伝えた。また一人になるという寂しさよりも、辛そうにしている私を見ている方が堪えるのだろう。「その方がいいかもしれないね」と入院することに賛成してくれた。
来週の今頃はもう少し元気になっていないだろうかと淡い期待を抱く自分もいた。でも、なんとなくだが、それはないだろうというのが正直な気持ちだ。若いから大丈夫という医師の言葉を信用していないわけではない。
直感というやつだ。
この長く暗いトンネルはまだしばらく抜けられそうにない。
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