2022年11月下旬 寛解導入療法【家族の絆】

闘病記【発症~治療】

骨髄移植を見据えて

入院2日目から寛解導入療法が始まった。まずはステロイドを大量に服用する。これにより異様に増殖した白血球が破壊されていく。

そして5日目からは「スプリセル」という薬を飲み始めた。1日1回2錠ずつだ。

この薬が処方されたということは、つまり、確定診断が下りたということになる。私の病名は「フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」と診断された。スプリセルはフィラデルフィア染色体が陽性の場合に使用される抗がん剤だ。

もしかして、もしかすると、白血病ではないかも…などという淡い期待は消えた。

急性リンパ性白血病の1年間での発症率は成人のおよそ10万人に1人だそうだ。そしてフィラデルフィア染色体が陽性である確率は4分の1。つまり私は40万人のうちの1人に選ばれたのだ。

くじ運は悪いほうだと思っていた。宝くじはもちろん、ビンゴゲームですら当たったことはない。40万分の1となると当たる確率はかなり低いはずだ。それなのに、今回は何やら面倒くさそうな病気になってしまった。

もう受け入れるしかない。私は完全に腹をくくった。

まずは母親に伝えた。確定診断が下りたことと骨髄移植について。

私が入院していることを知っているのは家族の中では今のところ両親だけだ。兄弟にはまだ伝えていなかった。確定診断が下りてから言おうと決めていたのだ。

兄弟には白血病であること、そして、フィラデルフィア染色体が陽性だったため、ドナーになってくれるかを聞かなければならない。

姉二人とは仲が良い。弟とは普段連絡を取ることはないが決して仲が悪いというわけではない。だが、いくら家族でも、いくら仲が良くてもドナーになることを拒否する人はいる。リスクがないわけではないし、仕事を休まなければならない。

兄弟に万が一何かあったら・・・

そう思うとドナーになってもらえないかとお願いするのは気が引けた。

母に相談をした。自分から兄弟に聞くのが良いか、それとも母からの方が良いか。とは言うものの
心の中では母から話をして欲しいと思っていた。そしてその気持ちを汲み取ってくれたのか、母は
「私から3人に話します。気を楽にして。」と言ってくれた。

本当に気が楽になった。あとは返事を待つだけだ。

ドナーになることを快諾してくれた家族

そしてわずか5分後のこと。母からLINEが来た。海外にいる姉以外の2人と話をしたようだ。

2人とも二つ返事で「そんなの当然だ。」とドナーになることを快諾してくれた。

嬉しかった。

家族ならドナーになるのは当然。いや、違う。それは「当然」のことではないのだ。

私は彼らに心から感謝した。

そして翌日、海外にいる姉から連絡が来た。

「私たちが絶対助けるから!」

心強いメッセージが届いた。彼女もまた、ドナーになることは家族として当然だと思ってくれていた。さらに、姉から話を聞いた甥っ子、姪っ子たちも「ドナーになる!」と言ってくれたとのことだ。

家族の誰もが、何のためらいもなく・・・

その気持ちに心を打たれた。私は消灯後の静まり返った病室でうれし涙を流した。

白血病になったことは不幸かもしれない。でも私は世界で一番幸せ者だと思った。こんな素晴らしい家族がいるのだから。

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