地固め療法が始まる。
2022年11月のある日、白血病の可能性が高いと告知され、その2日後には病院のベッドの上にいた。そして入院から1週間後、「フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」との確定診断を受け、治療方針も決まった。
白血病。一昔前ならその予後は絶望的だ。特に私が罹患したフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病は難治性と言われており、明るい未来は期待できなかった。だが、医学は確実に進歩し、治せる病気となってきた。もちろん、100パーセントではないが、希望があるというのは治療の大きな励みとなる。
白血病の治療はすでにプロトコール(手順)が確立されている。まずは寛解導入療法だ。私も最初の入院でこの治療を受けた。プレドニンというステロイド剤とスプリセルという抗がん剤を服用した。服用を始めるといったん体のバランスが崩れ、食欲不振や倦怠感といった症状が顕著に現れて苦しい時期が数週間続いた。
以下が寛解導入療法を受けた入院の初日と退院時の血液データ
| 入院初日 | 退院前日 | 基準値 |
白血球 | 3万5,000 | 3,960 | 3,300~8,600 |
赤血球 | 310万 | 262万 | 386万~492万 |
血小板 | 2万7,000 | 16万6,000 | 15万8,000~34万8,000 |
AST | 170 | 14 | 13~30 |
ALT | 178 | 36 | 7~23 |
LD | 2824 | 249 | 124~222 |
尿素窒素 | 14.4 | 18.5 | 8~20 |
血清クレアチニン | 0.72 | 0.78 | 0.46~0.79 |
寛解導入療法はおおよそ6週間で終了し、2週間の一時退院を経て、次の治療に入った。
地固め療法というものだ。
地固め療法は抗がん剤を点滴から入れる本格的な化学療法となる。並行して錠剤の抗がん剤「アイクルシグ」も服用する。
プロトコールを見ると地固め療法は5クール程度行うようだ。私はフィラデルフィア染色体陽性のため、どこかの段階で骨髄移植を行う。どこかというのはあやふやな言い方だが、治療経過やドナーの調整によりその時期が左右されるため、はっきりとしたことは言えない。ただ、医師からは、兄弟でドナーが見つかれば4月ごろ、骨髄バンクで調整する場合でも5月か6月ごろには移植できるのではないか、と言われている。
今回の地固め療法は1クール目になるわけだが、昨日入院してすぐに薬剤師が病室に来て、今日から行う抗がん剤治療について説明をしてくれた。今回は「キロサイド」という抗がん剤を4日間投与するようだ。最初に今回の入院は3週間程度だと聞いていたため、抗がん剤の投与がわずか4日間だと聞いて驚いた。
残りは何のための入院か。抗がん剤が投与されると、白血球が低下する。その数値は下限を大きく下回るため、免疫力が落ちて感染しやすくなる。そして底をついた白血球の数が徐々に戻り、数値が安定してくる。それまでは入院していてくださいね、というわけだ。
薬剤師が退室した後、渡された用紙を見返しながら、今しがた聞いた説明を反芻した。粘膜炎を予防するため、朝昼晩、就寝前、そして夜間も1,2回、点眼をすることも書かれている。なんだかおそろしい薬を投与される気がして全身に緊張が走った。
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※地固め療法 1クール目の投与内容※
薬剤 | 量 | 投与方法 | 投与時間 | 1月12日 | 1月13日 | 1月14日 | 1月15日 |
グラニセトロン デカドロン | 6.6mg | 点滴静注 | 15分 | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
キロサイド 生理食塩水 | 50mg/m2 | 点滴静注 | 3時間 | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ |
アイクルシグ | 45mg | 内服 | 朝食後 |
ついに抗がん剤投与の朝がやってきた。
9時過ぎになると看護師が朝のバイタル測定にやってくる。2回目の入院ということもあり、看護師との距離が縮まっているように感じた。気さくに話しかけてくれる看護師も何人かいる。主治医は毎朝、時には夕方も病室に来て体調を気遣ってくれるが、さすがに世間話をするわけにはいかない。看護師はバイタル測定をしながら、体調のことはもちろん、家族のこと、仕事のこと、時にはYouTubeで何を見ているかなど、たわいもない会話で患者を笑わせてくれる。
この日もそんな雑談をして私の緊張は多少ほぐれたのだが、「今日からさっそく抗がん剤治療ですね。準備ができたら始めます。」と言われた途端、心臓がバクバクし出した。とんでもない副作用に苦しむのではないかという不安に駆られた。
それから1時間くらいして看護師がやってきた。防護服を身に着け、フェイスシールドをしている。そんなことしないといけない薬が今から体内に入れられるのかと思うと、さらに恐怖心が煽られた。
手際よく点滴がセットされた。まずは吐き気止めの薬からだ。それが終わるとすぐさま抗がん剤と続く。3時間かけて投与されることになっている。私は静かに目を閉じ、最初の1滴が体内に入っていく瞬間を待った。もちろん、何かを感じ取ることはできないが、この時はそうせざるを得なかった。
抗がん剤投与中は特に安静にしている必要はない。ご飯を食べてもいいし、リハビリをしてもよい。もう少し何か反応があるかと思ったが、結局何も感じないまま3時間が過ぎた。無事に終了したのだ。
抗がん剤治療を受けた後は吐き気が止まらず、ゴミ袋を片手に「ゲーゲー」やるものだと思っていたが、それはまったくなかった。抗がん剤の種類によるものなのか、体質によるものなのかは定かではないが、私の場合は吐き気や嘔吐に悩まされることはなく、投与後も比較的楽に過ごすことができた。
副作用は本当に千差万別だ。症状やその程度にも個人差がある。時にはインターネットには載っていない症状が出ることがある。少しでも異変を感じたら医師に相談した方が良い。薬で軽減できる場合もあるからだ。
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