骨髄検査で確定診断を受ける。
48歳アラフィフ。ある日突然白血病だと診断され平穏な毎日が終わった。
入院当日。外来で診察を受けた後、病棟へ上がった私は母と受付で別れ、その先の未知の世界へひとり、歩みを進めた。
事務手続きを済ませるとさっそく病室へ案内される。
老人ホームの施設長という立場上、頻繁に病院へ出向く。この病院もお馴染みだ。外来受診はもちろん、退院の迎えで何度も病棟に来ていてる。その私がまさか患者側になるとは。不慣れだ。
キョロキョロしながら病室まで歩いて行った。
大部屋を希望したが空きがないとのことでいったん二人部屋に入った。その後、いろいろな人が出入りした。担当の看護師があいさつに来る。クラークが書類を持ってくる。そして主治医が入ってきた。外来の診察室で話をしていた「骨髄検査」をさっそくするというのだ。
確定診断だ。
これにより私は間違いなく「白血病」であるとの診断を受ける。そして骨髄移植を受けなくてはいけない型なのかも判明する。
これからやるのは「骨髄穿刺」、通称「マルク」と呼ばれるものらしい。説明を受けても素人にはなんのことかわからない。「少し痛いかもしれません」と先生は言う。「あ、はい、わかりました」と私。多少痛いのはしょうがない。そして最後に署名した。
この世の物とは思えない痛み
すべてが初めてで不安になる。今から行われる「マルク」とやらも然り。「少し痛い」と言われたが本当に「少し」だけなのか疑心暗鬼になる私。しばらくして看護師がやってきて、そのマルクとやらの準備を始めた。
「痛いんですか。」
看護師にも確認しておこう。
「人に寄りますが、多少痛いとは思います。」
どうとでも取れる返答だった。いずれにしても無痛ということはなさそうだ。
私はうつぶせになり、腰のあたりが出るようにズボンを少し下げられた。そして先生も病室に入ってきた。先生は腰骨付近に指を這わせ、場所を確かめるように時々指でぐいぐい、と腰を押す。その後見定めた箇所を中心に消毒をし、腰の部分だけ穴の開いたシートを被せる。
うつぶせの私。先生の説明が頼りになる。見えないというのは不安だ。
「では麻酔しますね。イチ、ニのサン!」
掛け声とともに針が腰に刺さる。
「痛っ」
とは言ったもののそこまで痛くはない。針はさらに腰の奥の方に入ってきた(ような感じがした)なんとも言えない痛みだった。それでも少しすると麻酔が効いてきたのかその痛みも感じなくなった。
「じゃあ、本番行きますね。」
本番?そうか、これからが本番か。骨髄液を抜かれるのだ。ちょっと痛いと言ってたけど、大丈夫だろうか。緊張で全身が硬直した。
「2回引きますよ、いいですか。」
早くやっちゃってください。私はコクンと頷いた。
「せーーの」
掛け声と同時にとんでもない痛みが走った。
「ぎゃーーーーーーーー!!!!」
もう、この世の痛みではない。私はありったけの力をふり絞り、喉が擦り切れるのではないかと思うほどの音量で痛みを吹き飛ばすかのように叫んだ。
急いで看護師が私の体を押さえる。
「もう1回いきます。」
間髪入れず再度骨髄液が抜かれた。さきほどと同じくらいの、いや、1回目よりさらに強烈な痛みが全身に走った。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
死ぬ!死ぬ!なにが「少し痛いかも」だ!
一気に全身に汗をかき、痛みで涙が溢れた。
「終わりです。大丈夫ですか。」
一応の気遣いをみせる先生。私はぐったりして声が出ない。これが大丈夫に見えるだろうか。
人生で一番痛かった。これより痛いことって何がある?思いつかない。
その後仰向けになり、30分程度自分の体重で止血していた。呆然としながら時折痛みを思い出す。二度とごめんだ。
数日後に知ったことなのだが、私の叫び声は病棟中に響きわたり、他の病室にいた看護師、ほぼ全員が何事かと廊下に出てきたらしい。血液内科の病棟で、マルクは日常的に行われているはず。それでもあんな叫び声は初めてだったのだろう。
本当に、本当に死ぬかと思うくらいの痛みだった。
入院初日はこの「マルク」の洗礼を受けて終了。結果は4、5日後に出て確定診断を受けるわけだが、それを待たずに明日からさっそく治療開始となる。さてどうなるか。
続きは次回のブログで
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