実家の部屋を断捨離する
今回の仮退院は12日間だ。これまで仮退院の期間が長いときは間に外来受診を挟んでいたが、今回はなし。何事もなければ次の入院まで病院に行かなくて済む。
今回は前回の仮退院で苦しめられた関節痛も腹痛もなく、自分でも「元気だ、動ける」という実感があった。
この退院中にやりたいことがある。
実家の部屋の片づけだ。
去年の11月に白血病と言われ、2日後には入院した。仮退院できるとはいえ当分の間は病院で過ごす期間のほうが長くなる。家賃を払い続けるのはもったいないと思い、最初の仮退院の時にアパートを引き払った。その時に家財道具や衣類などはほとんど処分し、残りの荷物は実家に持って行ったのだが、部屋の中は物で溢れかえり、足の踏み場がない。それがずっと気になっていた。
要らないものを捨てよう。
そう思った私は、天気のいい暖かい日を選んで実家に行った。
実家で使っていた机やたんす、古くなった布団や着なくなった衣類なども処分することにした。重いものは父に手伝ってもらい、部屋とガレージを何度も往復して軽トラックに荷物を積み込んだ。結構な運動量だったが、思った以上に身体が動いた。
自分の思い通りに動けるというのはなんて幸せなことなんだろう。
「軽トラ、運転していこうか?」
「大丈夫、ひとりで行ける。」
父の申し出を断り、私は一人で自治体のゴミ収集場まで運転していった。現地ではスタッフが車から荷物を降ろしてくれた。
その後、友人のお店に顔を出し、1時間ほど喋って自宅へ帰ると、母が心配して出てきた。
「体調がいいからって調子に乗ったらあかんよ。」
「大丈夫だよ。」
そんな会話をして彼のアパートへ帰った。実家の部屋がすっきりしたことがとても気持ち良かった。
だが、そんな悠長なことを言っていられるのもこの時だけだった。
発熱
その日の夜、さっそく身体に違和感を覚えた。
もしかして、熱があるのかもしれない。
体調が悪いことを彼に知られたくなかった。熱があるなんて言ったらすぐに病院へ連れていかれる。
健康な時なら熱ぐらいで病院へは行かない。適当に市販の解熱剤を飲んで寝ていれば治る。だが、白血病となるとそうはいかない。
私はいっきに憂鬱な気分になった。
しょうがない、嫌だけど熱を測ってみよう。
私はこっそりと体温計を脇に挟んだ。
「え、熱があるの??」
1人暮らし用の小さい部屋だ。すぐに彼氏さんに見つかった。心配でしょうがないといった感じだ。
また不安にさせてしまった。
私がいなくなるのではないか。口には出さないが、そんな彼の気持ちが痛いほどわかる。白血病になって一番ショックを受けたのは彼だったかもしれない。
「大丈夫、ちょっと熱っぽいだけだから。」
彼を安心させるように言いながら、体温計を見る。
「38.5度」
やっぱり熱があるか。日中無理したのだろうか。
私は48年間、健康そのものだった。無理したところで熱を出すことなんてなかった。多少調子に乗ったぐらいで体調を崩すわけがないと高をくくっていたのがいけなかったのか。
弱くなったものだ。
受け入れがたい現実にショックを隠しきれない私。ひとまずカロナールを服用した。
明日は職場に遊びに行く予定だ。熱が下がらなかったらキャンセルしよう。
再び40度の高熱
次の日、すっかり平熱に下がっていた。しんどさも感じない。私は予定通り、職場に行くことにした。
家からバス停までの距離は300メートルほど。この日は長袖1枚でも寒くないぽかぽか陽気だった。歩くのも苦ではない。むしろ心地よかった。
途中で差し入れのお菓子を買い職場に顔を出した。2か月ぶりだ。特に何も変わってはいない。ここにはここの日常が当たり前のように存在している。
私は歓迎を受けた。みんな集まってきてくれた。
そして言う、「早く戻ってきてくださいね。」と。
社交辞令だと疑うわけではないが、私にはどこか他人事のように聞こえる。骨髄移植が成功しても、以前のように機敏に動ける自信はない。戻れる気がしなかった。
その後もしばらくおしゃべりを楽しんだ。
「また来ます。」
そう言って職場を後にした。骨髄移植は来月だ。リスクがないわけではない。移植が成功し、無事退院できたらまた来よう。
外に出るとあまりの寒さに身体が震えた。来た時と大違いだ。薄手のシャツしか着てこなかった私は、バスに乗ってからも震えが止まらない。バスを降りてから早足でアパートまで歩いた。早く暖を取りたかったからだ。
部屋に入るとすぐにファンヒーターをつけ、毛布にくるまった。どれだけストーブの前で暖風を浴びてもガチガチガチと身体の震えが止まらない。次第に倦怠感も出てきた。明らかにおかしい。
横になりたい。
でも寒くてストーブの前から離れられない。
30分ほど葛藤していたが、さすがに起きていることがつらくなり、意を決して布団にもぐった。
寒いだけじゃない。これは熱が上がる前の悪寒だ。
しばらく悪寒に耐え、治まってきた頃に熱を測った。
「40度」
案の定だ。尋常ではない寒気の後はこれくらいの熱が出ても不思議ではない。昨日今日と2日間発熱している。しかも今日は40度と高熱だ。病院へ行った方がいいだろう。
時刻は午後5時を少し回っていた。
病院へ電話をしたが、当然ながら外来の受付は終了していた。私は事情を説明したが、どうしても、ということなら救急外来に来てください。そうでなければ明日の朝かけ直してください、という返答だった。
40度という高熱は一般的には緊急事態と言えなくもないが、私の場合入院中にも経験しているためそこまで差し迫るものはなかった。
とりあえずカロナールで熱を下げて翌日受診することにした。
彼氏さんは明日も仕事だ。必然的に送り迎えは親になる。調子に乗るなと言われたのを思い出した。ほら見たことか、と言われるのを覚悟で母に連絡をした。
「だから無理するなと言ったでしょ。」
はい、ごもっともです。すみません。
私は心の中で謝った。
外来受診
翌日、熱はほぼ平熱だった。それでも40度の高熱が出たことは確かだ。念のため受診をすることにした。
熱があったと申告したため先にコロナの検査を受け、血液検査、診察と続いた。
CRPが2.54と上限値の0.14を超えていたが、それほど問題視する数値ではないとのことだった。結局発熱の原因は特定できず、解熱剤だけ処方してもらい帰宅した。
夕方になると熱が上がることが多いため、この日も気にしていたが平熱のままだった。そしてその後も発熱することはなく、充実した日々を過ごすことができた。
仮退院中は毎回なんやかんや体調を崩す。今回は発熱だった。それでも花見ができたこと、職場に遊びに行けたこと、彼と美味しいものを食べに行けたこと、この退院中にやりたかったことが全てできたのは次の入院の励みになる。
さて、次は4クール目だ。頑張ろう!
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