頭痛の原因を探る
年末年始の一時退院中、ひどい頭痛に襲われた。こめかみ近くの側頭部がしかしか(方言です)し、しばらくするとそれが激痛に変わる。起きていられないくらいの痛みだ。鎮痛剤を飲み、横になると治る。
年明けに外来受診をした時、医師にそのことは伝えておいた。今回の入院中に頭部MRIを撮ることになっている。
頭痛は外来受診以降序徐々に治まり、検査をする頃には全くと言ってよいほど痛みはなかった。ただ、最初の入院時も頭痛がひどかったため、一度検査をしておいた方が良いだろうとのことで、予定通り検査を受けることにした。
6日続いた発熱もやっと治まり、退院日も決まった。2日後だ。2クール目の入院日も決まっている。前回は2週間退院できたが、今度は6日間しかない。検査で何か異常が見つかったら、最悪一時退院できないかもしれない。それだけが気がかりだった。
脳に転移しているとか、そういうこともあり得るのだろうか・・・
白血病になったとき、これまでの人生で感じたことがない種類の痛みや違和感を味わった。今は治まっているとはいえ、年末年始に感じたあの頭痛もどこか不気味で嫌な感覚だったのを覚えている。
MRIは初めてではない。昨年の9月、腰に激痛が走った時に受診した整形外科で経験済みだ。その時は場所が腰だったため、閉所恐怖症の私でも問題なく検査を受けることができた。しかし、今回は頭部だ。検査結果もさることながら、検査自体が不安でならなかった。
パニックを起こさなければ良いが・・・
閉所恐怖症には辛いMRI検査
検査室から病棟に連絡が入り、私は車いすで向かった。今回は造影剤を使用して検査するため、体調が悪くならないとも限らない。念のため車いすで行きましょう、ということになったのだ。
そんなことより閉所に閉じ込められて具合が悪くなる確率の方がよっぽど高いだろう。
気が進まない。
検査室に着くとさっそく点滴用のカテーテルが入れられた。後から造影剤を注入するとのことだ。そして寝台の上に上がる。頭を固定された。私はすでに冷汗をかいている。
「15分ほどかかります。」
15分か・・・こんな拘束された状態で15分か。長いな・・・
職員が部屋の外に出ると、寝台が丸い筒の中に入っていく。不快な機械音が耳に響く。私はしっかりと目を閉じ、深呼吸をした。目を閉じていればベッドで寝ているのと同じだ。
目を開けなければいいんだ。
目を開けてはいけない。閉じているんだ。
そう呪文のように唱えていると、急にある衝動に駆られた。
「目を開けたい。目を開けてどうなっているのか確認したい。」
人は「○○してはいけない」と言われると余計したくなる生き物だ。目を開けてはいけないと思えば思うほど目を開けたくなる。開けたら最後だとわかっていたが、私はその欲求を抑えきれなくなった。
そして、開けてしまった。
しまった・・・
それが最初の感想だ。筒の内側の壁が目の前まで迫っていた。とてつもない圧迫感。私はこの状況から逃れられない。頭はしっかりと固定されている。心拍数がいっきに上がるのが分かった。パニック状態に陥った。検査前に握らされたナースコールを押すべきか。いや、我慢しよう。
もう二度と目を開けるな。
私はぎりぎりの状態を保ち、何とか筒から脱出した。
「では、次は造影剤を使って検査しますね。今回も15分程度です。」
そうだ、造影剤があった。
私はまたしても筒の中に入れられた。恐怖と闘いながらの15分は長い。目の前のあの壁が脳裏に焼き付いている。目を開けなくても軽くパニックになれるくらいの鮮明な記憶。閉所恐怖症をこんなにも実感したのは初めてだった。
疲労感は半端なかったが、検査は無事終了した。
診断結果に耳を疑う。
検査結果はその日のうちに出た。
夕飯も終わり、ベッドで休んでいると、医師が検査結果と思われる用紙を持って病室に入ってきた。
「検査結果が出ました。これ・・・ここなんですが・・・」
医師はMRIの画像データを私に見せながら、問題らしき場所を指さした。場所は側頭部。左右対象に白い影が見える。
「硬膜下血腫という診断でした。」
がーーーーん
白血病と言われた時よりショックを受けたかもしれない。
私は老人ホームに勤めている。そこには要介護状態の人しかいない。その人たちに転ぶなと言うのは無理な話で、年に何度か頭部をぶつけるような転倒事故が発生する。その都度病院に搬送し、頭部CTを撮って出血していないか確認し、その後も慢性硬膜下血腫に気を付けて経過観察を続ける。そのような経験から私の中では硬膜下血腫は高齢者がなるものだという認識があった。まさか自分が硬膜下血腫だと言われるなんて、想定外過ぎて気持ちが全く追いつかなかった。
「そんな頭をぶつけるようなこと、これまでの人生でなかったと思うんですけど。」
「いや、そんな昔の話ではなくて、ここ1か月くらいにできたものです。」
1か月・・・
あ!!!!
1か月前、私は転倒した。おでこを派手にぶつけ、出血もした。笑えるくらいの大きいたんこぶもできた。まさか、あの時の転倒で硬膜下血腫ができたのか。
「最初の入院時にMRIを撮っていないので、実際いつできたのかは分かりません。状態としては軽症なのでこのまま吸収されていくと思います。」
医者の説明がなかなか耳に入ってこない。明らかに私は動揺している。
硬膜下血腫、硬膜下血腫、硬膜下血腫・・・
その言葉が何度も何度も波のように打ち寄せる。年末年始のあの頭痛も硬膜下血腫のせいだったのではないか。場所も両側の側頭部。痛みの場所と一致している。
だが、硬膜下血腫を引き起こした原因も、頭痛との因果関係も不明のまま医師からの説明は終わった。明らかなのは、両側に軽度の硬膜下血腫が認められること。そして、それは時間の経過とともにおそらく吸収されていくだろう、ということ。つまり手術は必要ないということだ。
不安は残っていたが、2日後に控えている退院には影響がないということが分かり、ほっとした。
もう二度と転倒したくない。油断は禁物だ。私の身体は健康だった時とは違う。そう自覚した私は退院までの期間、これまで以上に慎重に行動した。
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