day1(※) 冷やしたぬきが不味い??
早朝に目が覚めた。
それなりに熟睡した感じはある。
自分の中の変化を探ってみたが特に何もなさそうだ。昨日と同じ自分だと言ってよいだろう。
そりゃそうか。
骨髄移植したとはいえ、1日で劇的に何かが変わるとは思えない。
私は重い身体をよいこらしょ、と起こし、点滴スタンドを引きずりながら洗面台まで行った。体重測定のためだ。
51.1㎏
惜しい!
51㎏以上で利尿剤が投与される。だるい体を奮い立たせて必死にトイレまで行っている今の私にとって利尿剤は拷問としか言いようがない。とはいえ100㎎でもオーバーしていれば容赦ない。あっさり利尿剤が入れられた。下痢も相まって午前中は特にトイレの回数が多かった。
放射線が始まってすぐに食欲不振に陥り、現在は給食を断っている。食べられるものを食べられる量だけ摂ればよいと言われている。
ここ数日はコンビニのカットフルーツを食べていたのだが、今日はもう少し食べられるような気がした。
温かいものは匂いでやられる。
何が食べられるだろうかと考えた結果、「冷やしたぬき蕎麦が食べたい!」という結論に達し、母親に差し入れを依頼した。去年の夏、コンビニでよく冷やしたぬき蕎麦を買っていたのを思い出したのだ。
普段コンビニに行かない母親のために、冷やしたぬき蕎麦の写真をスクショして送った。
そして午後。
病室のドアをノックする音が聞こえた。差し入れが届いたかな、と思ってドアの方を見ると母親が立っていた。
あれ、面会禁止ではないのかな。
聞くと、主治医が許可してくれたというのだ。ある程度の距離を保ち、15分程度で、という条件付きだそうが、移植後に面会できると思っていなかった私は驚きを隠せなかった。
無菌室に入れられ家族と窓越しに面会している、テレビなどでよく見かける映像とは大きくかけ離れている。
母親は言われた通り、ベッドから2メートルほど距離を保ちながら話をしていた。頼んであった冷やしたぬき蕎麦も買ってきてくれた。
15分はあっという間だ。まだまだしゃべり足りないという感じの母親は後ろ髪をひかれるように部屋から出ていった。
静けさが戻る。
ゆっくりと時間が過ぎていく。
私はベッドの上で、何を考えるというわけでもなく天井を見ながら時の流れを感じていた。
午前中のバイタル測定で相変わらず血圧が170台と高かったため、降圧剤が追加された。飲み薬ではなく点滴で入れるタイプのものだ。ということで輸液ポンプが1個増え、点滴スタンドがさらに重たくなった。倦怠感もあるが、この点滴スタンドを移動させるのが億劫でベッドからあまり動きたくないというのが正直なところだ。
昼食は差し入れしてもらった冷やしたぬき蕎麦を食べることにした。
1年前のことだが味は覚えている。おいしかった記憶もある。
ひとくち、蕎麦を口に運んだ。
あれ?
記憶していた味と違う。
もっとおいしかったはず。
何かの間違いではないかと疑いつつ、今度は油揚げをかじった。
まずい。
全く別物だ。
記憶の中の味と、目の前の冷やしたぬき蕎麦の味がかけ離れていることにショックを受けた。
結局待ちわびた冷やしたぬき蕎麦はほとんど残すことになった。
食べたいのに食べられないこのもどかしさ。昨年の11月、最初の入院の時と同じだ。あの時、食べられない自分の代わりに思いっきり食べてくれる大食いユーチューバーの動画をよく見ていた。目を閉じて咀嚼音だけを聞き続けたこともある。
そんなことを思い出し、私は久しぶりにユーチューブを開いた。そして、お気に入りから外したチャンネルを再度登録した。
おいしそうに食べるな~と羨望のまなざしで動画を見続けた。
動画のおかげか、夕食はコンビニのカットオレンジを食べることができた。これだけの量でも「食べられた!」と思い嬉しくなる。
day2 副作用が続く
体調は悪くない。気持ち悪さもない。まずまずといったところだ。だが、依然として食欲不振と下痢は続いている。この副作用は骨髄移植ではなく前処置の影響だ。
朝食はゼリーを食べた。1個で満腹感がある。
お昼はカップ麺に挑戦した。後から思えばこれは完全に選択ミス。無謀な挑戦としか言いようがない。
時々無性に食べたくなるカップヌードル。給食に飽きたら食べようと、入院するときに買っておいたものだ。気になっていたねぎ塩味。これをどうしても食べてみたくなった。
病室からは出られないため、看護助手に頼んでお湯を入れてきてもらった。
待つこと3分。
蓋を開ける。ほわ~んと匂いが立ち込めた。食べられるような気がした。
一口、すすった。
すぐに吐き出した。
無理だ。気持ち悪い。カップヌードルってこんな味だったか。ねぎ塩だからか。いや、カップヌードル独特のあの味がまったくしないということは、きっと私の舌がおかしいのだ。
うなだれてベッドに横になった。
時間が経つにつれ汁を吸った麺が膨れ上がっていくのが見える。
近づけない。
もう一度匂いを嗅いだら吐きそうだ。
机の上にカップ麺を放置して私はふて寝した。
夕食は冷たいコーンスープを飲んだ。こういう冷たくてつるんと入っていくものがいい。
それにしても、かれこれ1週間、ほとんど食べていないのに空腹感はまったくない。不思議なものだ。
いつになったら食べられるようになるのだろう。このまま味覚障害が治らない、なんてことになったら地獄だな。
とはいえ、移植が終わってまだ2日だ。先々を案じてもしょうがない。何かあったらその時に考えよう。
私は思考を強制的にストップさせ眠ることにした。
※移植日当日をday0、翌日をday1、2日目をday2と呼ぶ。
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