海の見える場所で
彼氏さんと付き合って4年が経つ。
去年の夏、同棲をしないかと言われた。これまで結婚はおろか、同棲をしたこともなかった私だが、彼となら毎日楽しく過ごせるのではないかと思い快諾した。
その矢先のことだ。
あれよあれよというまに体調が悪化していき、ある日突然、白血病を告知され入院することになった。
入院の際には家族の情報を申告することになる。コロナ禍でなければ知人でも誰でも面会が許されていただろうが、あの時は家族ですら面会は禁止されていた。ただ、家族であれば治療方針の説明を受ける際は参加を許される。
そこで彼氏さんを内縁の夫ということで病院に申告をした。それにより最初の入院の時も治療方針を一緒に聞くことができた。
それでも、最初の入院が終わって仮退院したときに彼氏さんが、「内縁の夫では嫌だ。」と辛そうな顔をして言っていたのを今でも鮮明に覚えている。
内縁関係が嫌だということは、戸籍上の夫婦になりたいということで、つまり、私はプロポーズされたことになる。
籍を入れるのはいつでもいいと彼は言った。でも私の中では一つの区切りがついてからにしたいという気持ちがあった。区切りとは骨髄移植だ。移植が受けられなければ私はかなりの確率で死ぬ。例え移植が成功したとしても合併症などで命を落とすかもしれない。そんなリスクを抱えて籍を入れる気にはなれなかった。入籍してすぐに彼が寡夫になるのはあまりに残酷だ。
そんなことは彼氏さんには言わなかったが、落ち着いたらね、とだけ言い、タイミングを待っていた。
骨髄移植が終わり、無事退院をした。だが、その後体調がすぐれず再入院をした。その再入院が功をなし、劇的に体調が回復した私は、動けなかったのが嘘のように今は家事をこなし、ウォーキングもしている。
私の中で1つの区切りがついた。
元気になったことでお互い将来に目を向ける余裕が出てきたのだろう。何度も入籍のことが話題に上がり、入籍日をいつにしようかと話すようになった。
改めてプロポーズしてほしいな。
あの時は仮退院中で、体調もすぐれず、ベッドで休んでいるときにプロポーズのようなことを言われた。元気になった今、もうちょっとロマンティックなシチュエーションで「結婚しよう」と言われたいと思ったのだ。
どうやら彼氏さんも同じ気持ちだったらしく、私が言う前に、「ちゃんとプロポーズするからね。」と言ってくれた。場所は私が決めていいという。
特に思い入れのある場所があるわけではない。いろいろ考えた結果、海の見えるところへ行ってプロポーズしてもらうことにした。私の住む地域は山に囲まれているため、海は特別な場所。海を見るとワクワクするのだ。
快晴の日をねらって海を目指した。
9月下旬でも真夏日だった。
高速道路を使い、1時間以上車を走らせると目的の場所に着く。右側に海を見ながら、しばらく海岸沿いを走り車を止めた。そこは海を見渡せる絶景スポットだ。車から降りた私たちは砂浜で腰を下ろし、波の音を楽しんだ。
「結婚しよう。」
「うん。」
交わした会話はこれだけだったが、十分だった。
病気にならなかったら彼は結婚まで考えなかったかもしれない。吊り橋効果なのではないかと思ったこともあった。でも辛い入院生活を支えてくれた彼の愛は本物だと思えるし、こうして穏やかな生活に戻った今でも気持ちは変わらないのだから大丈夫だ。
結婚することはないと思っていたのに、人生いつ何があるかわからないものだ。
親の反対
私たち二人の間では入籍日も決まり、その日を待つだけだった。
いやいや、この歳とはいえ、お互い初婚でもあるし、彼は長男だし、入籍前に親に話しておかないといけないではないか。
私の親は病院で彼氏さんと何度か顔を合わせているし、いずれ入籍するからと言ってあった。反対の素振りは全くなく、というか、むしろ大歓迎という様子で、いつ入籍するのか待ちわびている感じさえある。そこで入籍前に一席設けてそこで報告することにした。目的は伝えていないが、おそらく期待しているだろう。
問題は彼の親だ。
親御さんが自分の息子に付き合っている人がいることを知ったのは去年の年末。私が仮退院をしていた時だ。その時に一度彼の実家を訪問した。病気のことは知っていたし、おそらく私がアラフィフなのも聞いているだろう。
実は彼氏さんはまだ30代半ば。私よりひと回り以上若い。
結構なハンディだ。
50を目前にした白血病の人と結婚するなんて、普通の親ならどう反応するか。彼もそれはわかっているようで、親に話したくないと言っていたが、さすがにそんなことも言っていられない。
実家に用事があったときに話をしてきたようだ。
帰宅するなり、「話がある」と言われた。その神妙な面持ちを見てすぐにわかった。結婚の話をして反対されたんだな、と。
「父親に考え直せと言われた。」
なにかが胸にぐさっと刺さった。
想定内ではあっても傷つくものである。
「けんかして帰ってきた。賛成してくれなくてもいいから結婚しよう。」
彼氏さんは100パーセント私の味方だった。反対されたまま入籍するのは気が引けるが、親に反対されて弱気になるような人でなくてよかったと安堵した。
この人はきっとこれからも私を全力で守ってくれる。
それだけで十分だ。
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